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ソフィア多治見ヨガ教室 稲垣千枝子

ジブリッシュ考

昨日、ジブリッシュの代表ノビーさんと土橋さんとのYouTubeをアーカイブで見ました。

私はジブリッシュは知らなかったのですが

笑いヨガは受講体験したことがあって、何か関連があるのかな~と思いながらジブリッシュのホームページを見ると・・・

「くちからでまかせ、出まかせ言葉の効果がすごい!」

と、あって、そのその言葉がすごいなあ~

さらに読むと

でたらめクリニック

とか

むちゃくちゃ言葉での会話とか

なんだか面白そう

ストレス解消できそうな予感がする

と、思って、皆さんにもこのYouTube対談を見てね、とシェアしました。

そして

アーカイブをみて

「おお、これは頭の内部がスッキリするやつだあ!」と思いました

特に

最後、二人が今後の抱負を言い合うのにジブリッシュ語を使っていた場面

ノビーさんの提案で成り行きでそうなって、通訳せずに終了になりましたよね

あれって、伝わってきましたか?二人の言いたいことが。

私は???でした(笑)

2人が

「伝わってくる~」と言い合っていて

私は???

だったけど

あ、それでいいんだなあ

言葉が伝わらなくても分かり合えるんだなあ、

音が伝われば、と思えました。

そこから私、自分で何度もジブリッシュ語で叫んでます(笑)

ヨガのレッスンの時にもジブリッシュ語つぶやきましたが、これは皆さんに引かれました(´;ω;`)

そして、一人でつぶやきながら思いました。

ジブリッシュ語はカタカナなんだなあって

それから

今日は新調したトレランシューズを試して1時間ほど山を闊歩してから森の中で休憩しているときに

水の流れる音や、鳥の鳴き声、葉の揺らぐ音を聞きながら

耳に入るこの音、音そのものを表現しようとするのなら

やはりカタカナになるなあ、と思ったんです

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今、この本を読んでいます

ここで大沢真幸さんの主張を引用しますね

考えてみると意味のある会話の部分は漢字やひらがなで書くけれども、ワッとかキャーとかカタカナの圧倒的に多い用法は、音そのものの表現なんです

それだけでなく

明治時代、天皇の命令とか神の声とかちょっと神々しい判決文とかは結構カタカナで書かれている。音の中でも神仏やそれに類する超越的なものの声が特にカタカナになりやすい。

カタカナは音を写したわけだけど本来はその音が呪術的な意味を宿し、しばしば神の出現に関わっている。

一方、一揆なんかで農民が強烈に訴えるときに、カタカナで書く。その強く生々しい声がカタカナになる。

そういう意味でいうとカタカナは日本人の感覚の最もプリミティブ(原初的)な層を最も率直に表現する文字ではないかと思う。

だから迫力をもって、生々しく勝負するとき、カタカナにしやすいんですね。

日本人は文字の出現以前のどこからともなくやってくる超越的な声みたいなものが結構後まで利いていて、僕らは普段意識しないけれどもなおその圏内にいる。

これがカタカナを住まわせる場所として、今でも機能しているのではないか。

(p151~157)

ジブリッシュが

私の身体からカタカナの音を引き出す

それは

自分のプリミティブな感覚を表出するものだと思えます

ノビーさんがそこまで思っているのかはわかりませんが、、、

皆さんは、どんな印象を持ちましたか?

お聞きしたいです~

アーカイブで見てみてくださいね

「カシュポラピヤンキュ~」(笑)

 

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